仲間意識と社会復帰

妻の断酒会例会通いを見ていて思った。
「自助グループは楽しいので行く」という人も少なからず居るのだと。
本人の、そして家族の病気回復のためだけならばそれで良いと思う。
ただ、現実社会は入院中の精神科病院ではない。
断酒のことばかり考えて引き籠っているのならば話は別だが、
シャバに戻れば、仕事の付き合い、地域の付き合い、友人との付き合いなど、
その大半がアルコール依存症者以外の人たちとの関係性にある。

自助グループ内でのアルコール依存症者の「当事者の絆」も必要だとは思うが、
病気は本人の物であり、団結とか言って群れる 傷のなめ合い 同じ穴の狢ではなく、
緩やかな繋がりこそが、当人がプレッシャーなく、参加し続けられる重要な要素であり、
それぞれのメンバーが自分のペースで回復を目指すことを可能にすると考える。
「もうだいじょうぶ」と思ったら、自助グループとは付かず離れずの関係を保ち、
自分で断酒、そして社会復帰を目指さないと、断酒のためだけに生きる人間になってしまう。

例会で他の人の深刻な酒害体験を聞くことが、人によっては精神的な負担になることもある。
断酒初期の離脱症状は断酒会参加とは別に存在し、これ自体が精神的な負担となることもある。
断酒会における「仲間意識」は、回復のための大きな力となるが、
それが過度になると、いくつかの負の側面「群れる」ことの弊害が生じる可能性がある。

・集団思考(グループシンク)の発生
 グループ内の調和や同調性を重視するあまり、批判的思考や異なる意見が抑制されてしまい、
 これにより、グループの決定や価値観が画一的になり、
 個人の多様な回復プロセスが認められなくなる可能性がある。

・個人としての自立の妨げ
 常に仲間と行動を共にし、グループに依存しすぎると、
 アルコールへの依存が「グループへの依存」に置き換わってしまうリスクがある。
 最終的な目標は社会の中での自立した生活であるため、過度な同調は妨げになることもある。

・閉鎖的な雰囲気の形成
 グループ内の結束が強固になりすぎると、新しく参加したい人や、
 異なるアプローチを試みたい人にとって、敷居が高く感じられたり、
 排除されているように感じられたりする可能性がある。

俺みたいな田舎の人間は、病気を隠して他のコミュニティーと付き合うほうが良い。
それに、元の生活に戻ると、断酒のことばかりを考えていられない。
「肝臓を壊してドクターストップがかかった」程度にしておき、
アルコール依存症だとか、肝硬変だとか、5年前に肝臓がんの手術をしたとか言わない。
仕事の足を引っ張るヤツや、うわさ好きな拡声器おばさんがウヨウヨしている田舎では、
付き合いは元のまま、ただ酒を飲まなくなっただけ、程度にしておかなければならない。
俺はアルコール依存症だ。
幸い隠すことやウソをつくことは得意技だ。


つづく。


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